アイドルとおんがくに囲まれたHappyLife

某アイドル事務所に心奪われているいい大人。おんがく大好き人間で、かなりのヲタ気質。だけど、文章はうまくないのが難点(苦笑)

見ないふりしてる私と、落とし所がみつからないのか、まだ好きなのかわからない私(辛口です)

まあ、タイトルでお分かりかと思いますけど。まーた、この話かくと批判的コメとかつくんだよね(苦笑)申し訳ないけど、今、「嵐、最高!」って言ってる方に、ここに書いた以上の事を反論する気もないです(苦笑)

 

一つ理解してもらいたいのは、「宮城に行けた人」と、「行けなかった人」とでは気持ちの整理のでき方が違うの。そこだけわかってもらいたい。

 

私は言っておきますと、宮城にはいっておりません。いってない奴は口出すな、っていおわれたらそれまでです。それを踏まえてお読みくださいね。実際いった友人も賛否両論です。パフォーマンスにたいして。見れたもんじゃなかった、って言う人もいれば、智のパフォーマンスはとても素晴らしかった、という人もいる。その違いはなんなのか。どうやら日によってコンディションが違ったようだけど、人間だから仕方ないよねーって普段なら思うんだけど、こんな時だからこそ、やっぱり完璧に「アイドル」しなきゃいけなかったんじゃないだろうか、と思ってしまうのだが。

 

そこで一つ、私は私がみていた「大野智」っていうのは、本当に自分で何倍も膨らませてしまった「偶像」なんだろうな。って痛感した。

 

今、嵐を見ないふりしてます。スルーしてます。でも、よくわかんないけど、昨日とか今日とかTwitterに流れてくる「大野智の才能について」の動画シェア、とか、「これを機会にソロになったら」とか、正直理解できない物が多いです。理解できないというより、したくない、のかな。自分の心にブレーキ掛けてるかも。

あと、「智かわいそう」とか、「智ついていくよ、応援する」って言うのも正直同調できない。どこがかわいそうなのか、私に説明してもらいたい。いい年したオッサンが、自己管理が甘かっただけの話でしょ。なんで同情しなきゃいけないんだ。被害者は、バレたらきればいいか、って思ってた節がある、彼女と、ファンじゃないのか?彼の仕事に対する姿勢というものを改めて問いたいんです。仕事はきちんとプロを全うしてくれると信じていた。でも実際はそうじゃなかった。急速に醒めたポイントはそこかもしれない。

 

あの後に、タツノオトシゴ事件とがあったのと、クレジット事件(これはどうやらみんなの先走りだったようだけど)がでて、なんだかほとほと呆れてしまったのよね。あほか、もうその一言。

 

嵐に関しては、感謝もしてる、もちろん。私がすごく行き詰まってるころに出逢った人たち、彼らを通じてたくさんの出会いもあったし、別れもあった。なんでこの歳になってこんなくだらないことで揉めるの?っていうこともたくさんあった。実際今ももめている、というか、もう分かり合えないかもな、と連絡をしていない。

 

色々もう考えたくないので、心にシャッターを下ろしてる。嵐に関しては。何も感じなくなった。ってことは担降りなのか。ってことか。どうなのか。自分で自問自答している。もうテレビも見ないし、歌も聞かない。それはファンなのか否か。彼らの歌が心に響かなくなった。それはもうきっと末期なんだろうとは思っている。

 

今回のJaponismも安定の落選だった。しかし、相方が安定の当選(苦笑)だが名古屋である。遠征してまで嵐をみにいくのか、って正直思っている。(ごめんなさい)ただ、そんな心境を知らない強烈だったころのさとしっく仲間は、「今は辛いかもしれないけど、智みたら変わるかもしれないよ!行ってきなよ!」という。

 

。。。。申し訳ないけど、もう智担に戻る予定は組み込まれていないのだが。。。。(苦笑)辛くもないのだ。別に(ごめん!)呆れてるだけ、ほんとに。一体なんと説明すれば、いや、説明の必要もないのだ、こんなこと。好きだったけど、好きじゃなくなった、ただそれだけのこと。

 

Japonismへの想いは、このブログの最初の方に記載してあるけど。これだけは見届けてから、自分にけりをつけたい、という想いは正直あるのだ。

 

「アイドル」はお仕事なのだ、それを全うしてもらいたい。彼に限らず、あの事務所に属したからにはそれなりの覚悟があるよね?アイドル、と一人の人間としてのスイッチをうまく切り替えるように、ファンの目に見えないところでして欲しい、ただそれだけの話しなのだが。

 

・・・・・この記事書いたのもう1w以上前なのだけど、寝かしてみた。ちょっと試しに上げてみる。