グリーンマイルに心酔の日々
グリーンマイル東京公演が終わった。千秋楽を見届けた。
頂いた席が、センターでポール・エッジコムが佇む、素晴らしい席だった・・・
前と同じこと書いちゃうかもしれない。ごめんなさい。
グリーンマイル。死刑制度のあるこの日本で、上演されることに意味がある。方法は違えど、今でも死刑は執行されている。誰に責任があるのか。劇中で問われるシーンがあるが、私には正直わからない。民主主義と言われれば確かにそうだ。だが、愛する家族などが殺されたり、そういう目にあったら、やはり私は極刑を犯人に望んでしまうだろうと思うからだ。
グリーンマイルはとにかく見所が多い。ストレートプレイなので、派手さは一切ない。しかし、そこが人間の感情をよく深く浮き彫りにしていると思うのだ。散々かかれていると思うが、音楽と照明本当に素晴らしい。
今でも脳裏から離れない、オールディーズな音楽、そして、優しくキャストを包むピアノの音色。あれで私はサントラだしてくれてもいいのになあ、と思うくらいだ。
シンプルなのに、必要な場面が再現。草むらであったり、独房を照明で表現するなんて・・・それとパントマイムの組み合わせ。なんたること・・・でもそこに空間が産み出されるのである。グリーンマイル、も照明で表現するし、星空も。グリーンマイルは却ってこの方法が一番効果的なんだろうな、とすごく説得力があった。照明の色合いもものすごくその場にあったもの、もちろんなのだけど、大きな役割だった。
しかし、私は舞台の上に常に暗闇をみていた。それは、人が人の命を終わらせるところ、そして、看守たちの優しい嘘で、グリーンマイルを穏やかな心で歩いていけるかどうかが決まる。とてつもない重い仕事だ。そして、私たちは一瞬でも立ち合い人としてそこに存在してしまう。
大掛かりなセットがない分、時間軸も自由だ。死んだはずの人間が登場しても違和感はない。全く。そして、独房にいたはずのポールが暗転だけで、所長の部屋へいくのも自由自在だ。空間も自由。
キーとなるトラックだけは登場したが、あとは観るものの想像に委ねられているんだなと解釈。懲罰房も扉と中はよく見えないけどでてくる。
セリフと感情の応酬で、この舞台は成り立っている。その熱気たるや、言葉がないほどである。
しかし、今日のKラジで、加藤さんが小山さんに、初日セリフ噛んじゃったんだよね、と言ったと教えてくれた。正直Twitterでそういう意見もみた。しかし。生の舞台、感情ありきの舞台の上で、噛むとか噛まないとか、そんなに重要なことだろうか?小山さんもいっていたが、そんなことは気にすることではないと思うし、すぐに立て直せる加藤さん、ポール・エッジコムまんまでしたよ。
カトリック系の学校に通っていた友達に、「人間は辛いことを抱えて生き続けていくのは辛すぎるので、神は死、というご褒美を与えたんです。」と教えて貰った。ある意味衝撃的であり、納得もできた。
ポールのセリフに「あいつは残りの命を俺に託して、救ってくれたんだと思った。でもそれは違った。生きること、は罰を受けることなのだ。人間はやがて死んでいく。その事実からは逃れられないようだ。」(ざっくりです)
友達に教えてもらって、ものすごくこの部分がしっくりときた。映画をみたときもなぜだろう、と違和感があったので。こういう答え合わせをするのが、私は、好きなのだ(笑)
登場人物についてはまた次に。京都終わるまで原作はお預けすることにしました。
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